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This is a translation in Japanese. You can also read the original English version.

COVID-19 HGI 7月2日時点での解析結果

September 25, 2020

著者:Brooke Wolford and Kumar Veerapen (COVID-19 HGI を代表して)

日本語版翻訳者:王 青波、金井 仁弘、谷川 洋介、中西 智子

免責事項

まず、第一に、この研究は現在進行中であることをご承知おきください。私たちCOVID-19 HGIでの解析を通じて、すでにいくつかの発見がみられましたが、COVID-19 に与える遺伝的な要因の寄与をしっかりと理解するためには、さらに多くのサンプルが必要です。より多くのサンプルを解析に加えれば加えるほど、わたしたちは、観測データにあらわれるパターンが実在し、それが異なるグループの患者たちに示されたものであるということについて、より高い確信を持つことができるようになります。第二に、わたしたちはあなたの遺伝的な情報をもとにして、COVID-19に罹患し重症化する確率を知ることはできません。私たちの研究結果を利用する方は、私たちの知見を、個人の遺伝子型をもとにしたCOVID-19患者の診断のために使用するべきではありません。医療行為の指針とするためには、必ず医学の専門家に相談してください。最後に、この記事に書かれている専門用語で、よくわからない単語があれば、メール(hgi-faq@icda.bio)でご連絡ください――よりわかりやすい文章にするため、ここに書かれた情報をアップデートさせていただきます。今後数週間のうちに、概念や用語を説明する追加情報を提供する予定です。それまでの間は、遺伝学の基礎をまとめた、こちらのリソース (訳注:リンク先は英語となります)をご参照ください。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックは、世界中の社会の日常生活に影響を与えています。このウイルスと病気をよりよく理解するために、世界中の科学者たちは、仕事に励んでいます。わたしたちは、そのようなグループの一つであるCOVID-19ホストジェネティクスイニシアティブ(COVID-19 HGI)の一員です。COVID-19 HGIは、国際的な遺伝学者のチームによる研究グループで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染とそれにより引き起こされる病気(COVID-19)の応答に影響をあたえるヒトの遺伝学的な変異を特定することを研究の主目的としています。国際共同研究を通じて、ヒトの DNA のどの部分が、COVID-19を発症するかどうかに影響を与えるか、また、発症した場合にはどの程度重篤化するのかに影響を与えるか、これらについて明らかにしたいと考えています。

COVID-19 HGI の研究デザイン

私たちの研究では、入院していてSARS-CoV-2検査の結果が陽性であるCOVID-19症例の方々と、世間一般の集団の中でCOVID-19陽性ではない対照群の方々にみられる、遺伝的な変異を比較しています。この比較は、ゲノムワイド相関解析(Genome-Wide Association Study, GWAS)と呼ばれています。GWASについては、こちらのビデオインフォグラフィック による図解をご覧ください(訳注:リンク先は英語となります)。私たちは、2020年7月時点で、8つの異なる研究、合計3,199人の症例と897,488人の対照例からなる解析結果を、組み合わせました。

図1:データフリーズバージョン 3 (2020年7月) から得られた現時点での結果。

図1:データフリーズバージョン 3 (2020年7月) から得られた現時点での結果。上記に示された結果は、3,199人の症例(COVID-19により入院した患者)と897,488人の対照例(COVID-19集団コントロール)の遺伝情報を比較したものです。

COVID-19 の重症度に関連する遺伝的変異の同定

上図1はCOVID-19 HGIの最新の(訳注:2020年7月2日時点)解析結果 を図示したものです。この図は、マンハッタンプロットと呼ばれています。図の詳細な説明は、脚注を参照ください。簡単に言えば、マンハッタンプロットとは、形質(例:COVID-19)と遺伝的変異の関連をゲノム全体にわたって図示したものです。私たちは、統計的に有意な関連を示す染色体3番上の一領域を同定しました(横軸Xで示された染色体3番上につらなる縦の点列に注目してください)。時には、一つの領域に複数の隣接した遺伝子が含まれることがあります。複数の遺伝子を含む領域からCOVID-19 の重症度に関係する特定の遺伝子を絞り込むためには、さらなる研究が必要です。今回同定された染色体3番上の領域には、複数の遺伝子が含まれています(全ての遺伝子名リストは図2を参照)。この狭い領域のうちどの特定の遺伝子がCOVID-19 の重症度に関連するかは未だ判明していません。しかしながら、いくつかの興味深い手がかりが見つかりました!この領域には、CXCR6やCCR1といったケモカインに関連する遺伝子が複数存在しています。ケモカインは免疫細胞の移動を制御し、自然免疫系の適切な機能に必要不可欠 です(訳注:リンク先は英語となります)。また、この領域中のSLC6A20と呼ばれる遺伝子は、ACE2に結合するタンパク質を生成します。ACE2タンパク質は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が私たちの細胞へ侵入する際に用いるドアのような役割をします(図3)。つまり、SLC6A20上の遺伝的変異がウイルスの侵入へ影響を与える可能性があるということです!もちろん、これらの遺伝的関連に基づく私たちの発見は、研究過程の初期段階であり、さらなる研究が期待されます。

図2: UCSC Genome Browserによる遺伝子領域の図示。

図2: UCSC Genome Browserによる遺伝子領域の図示。 図中では、今回同定された染色体3番上の一領域に存在する遺伝子(例:CXCR6, SLC6A20, CCR1)が示されている。

図3:ACE-2受容体の図解。

図3:ACE-2受容体の図解。 この図解では、ACE-2がいかに宿主細胞における受容体として働き、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染に介在するかを示しています。図の出典: https://www.rndsystems.com/resources/articles/ace-2-sars-receptor-identified.

本研究とその他の研究との比較

血液型がCOVID-19のリスクと関係しているらしく、A型の人はリスクが高く、O型の人はリスクが低い、という報道 を聞いたことがあるかもしれません。ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(the New England Journal of Medicine = NEJM)誌で最近発表された論文 では、スペインとイタリアにおいてCOVID-19の重症例(呼吸機能不全による入院)1980人の遺伝学的な関連を分析した結果が報告されました(そして23andMeによる研究でも同様に再現されました)。この研究では、9番染色体上に存在するABO遺伝子(訳注:ABO式血液型を決定する遺伝子)と、COVID-19の間に有意な相関が見られました。しかし、この研究では献血者を対照群として用いていること、及び献血者におけるO型の割合は通常よりも多くなる傾向があることから、COVID-19患者に対する対照群として理想の条件を満たしていない可能性も考えられます。我々の研究結果はその懸念を支持するものです: 図1のマンハッタンプロットから、9番染色体において統計的有意な結果(=赤線より上に点が存在すること)が見られないことがわかります。これは、COVID-19 HGIの解析(NEJMで発表された論文のサンプルを含む)は現段階ではABO遺伝子とCOVID-19との間の相関を支持しないということを意味します。このゲノム領域がCOVID-19と関連しているかを明確にするには、より大きなサンプル数が必要とされます。

本研究の限界に関して

完璧な研究デザインは存在しません。以下で、本研究の限界点に注目して述べます。一つ目は、ここまで述べられた結果は2020年7月に提出されたデータに基づくものであり、予備的なものであるという点です。本研究には、初期的ないくつかの結果を得るには十分なサンプル数が含まれていますが、得られる結論の確度を高めるには、この先さらにサンプル数を上げる必要があると考えられます。サンプル数が大きくなることは、残念ながら、より多くの人がCOVID-19に感染してしまうことを意味しますが、それは同時に、宿主の遺伝的素因と病状との間に潜むパターンをより深く理解することにつながります。

二つ目は、病気の重症度の定義が個々の研究によって異なりうる点です。さらに、対照群は「COVID-19に感染していない」と”されて”いますが、実際には無症状者が市中に多く存在することが知られているため、こうした「対照」サンプルの中にはCOVID-19に感染した人がいるかもしれません。しかし、こうした限界点は研究対象とする症例と対照例を増やすことで克服することが可能です: 解析するサンプル数を増やすほどに、実験デザインの限界による偽の相関シグナルが観測される可能性は減ります。そして真のシグナルがひとたび定義されれば、症例群と対照群をより具体的に定義した、サンプル数のより小さい研究に注目して、結果を検証することができます。つまり、今回の研究で得られた遺伝学的知見を用いて病気の原理に迫るためには、今後の追加研究が必要となります。

今後の展望

サンプル数による限界を克服するため、さらなる研究の参加を受け入れております。次期解析は9月末に行われ、結果は10月初旬に公開予定です。次期解析では、現在よりも50%程のサンプル数増加が期待されており、症状などより詳細な臨床データも集積する予定です。

今回の予備的な結果を用いて、候補遺伝子がCOVID-19にどのような影響を与えるのかについての分子生物学的な探索研究が、我々COVID-19 HGIの内外で既に始まっています。詳しい研究内容についてはこちらを参照ください。追跡研究の一例として、今回同定された遺伝子多型のキャリアをCOVID-19入院患者群で同定し、どのような臨床的特徴を有しているかについて細かく検討する研究が現在進行しています。今回得られた遺伝的な知見をさらに深めることで、COVID-19患者の治療に活かされることを願っています。

追加資料

COVID-19 HGIの活動について取り上げられた以下の報道についても是非御参照ください(訳注:リンク先は英語となります)。

ワシントン・ポスト

バニティ・フェア

ニューヨーク・タイムズ

謝辞

本文について有益な助言をいただいた以下の先生方に深謝を申し上げます。 Rachel Liao, Caitlin Cooney, CGC, Karen Zusi, Andrea Ganna, Alina Chan, Sophie Limou, Shea Andrews, Jamal Nasir

脚注

マンハッタンプロットはゲノムワイド関連解析結果の図示によく用いられ、図のピークがニューヨークの摩天楼に似ていることから名付けられました。X軸(横軸、”染色体”)は遺伝子上の位置を表しており、22対の常染色体とX/Y性染色体(図では23と表記)から成り立っています。Y軸(縦軸)はp値と呼ばれる統計的有意性が示されており、対数変換(-log10(p値))がされています。一つ一つの遺伝子多型(SNP["スニップ"と発音])と病気についての関連が集団内で解析され、その関連の統計学的有意性(p値)を個々の点が反映しています。y値が高い点(SNP)は、よりCOVID-19と関連がある可能性が高いことになります。一般的な研究ではp値が0.05より小さいことが統計学的に有意であると考慮されることが多いですが、我々の研究ではより注意深くp値が0.00000005より小さい(図の赤線より上)場合にのみ"統計的に有意である"と考慮し、さらなる追試や機能解析に適していると判断しています。